泥沼通信

祭りの戦士 @ กลับมาจากกรุงเทพฯ

 

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反芸術研究室 ポール・セザンヌと印象派 その4

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反芸術研究室 ポール・セザンヌと印象派 その3


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反芸術研究室 ポール・セザンヌと印象派 その2

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反芸術研究室 ポール・セザンヌと印象派 その1


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モダニズムは体制化された中産階級の秩序にとっては、危険で破壊的な要素をはらんでいた ←うそつけ

モダニズムが自由主義的な資本主義に次いで、だいたい資本主義の第二段階、帝国主義的段階(あるいは独占段階)に対応し、体制化された中産階級の秩序にとっては、危険で破壊的な要素をはらんでいたのに対して、ポストモダニズムの出現は、資本主義の第三段階、「消費資本主義」(consumer capitalism)あるいは「多国籍資本主義」(multinational capitalism)という新しい契機の出現と密接に結びついている。そして、ポストモダニズムの形式的特徴は、この独特の社会システムの「深層の論理」(ibid. p. 125/229頁)を反映し、強化さえしているとジェイムソンは見るのだ。この現行社会との親和的な関係は盛期モダニズムには想像すらできなかったものである。ポストモダンは社会のもっとも強力なシステムと親和的な関係にあるのだから、現代社会のあらゆる場面に浸透するのは当然である(ジェイムソンは現代の広告とポストモダニズムはほとんど同しものと見ている)。ポストモダニズムが、モダニズムの転覆的で批判的な側面を放棄していることはあきらかだが、ジェイムソンはポストモダニズムのなかに消費資本主義の論理に抵抗するような側面があるのかどうか自問し、今日にいたるまでその抵抗の論理を模索している。
『ポストモダンの到来(フレドリック・ジェイムソン)』 田辺秋守



 、、、抵抗の論理なんてポストモダニズムに中にあるわけねーだろ。ポストモダニズムが、モダニズムの抵抗的側面を失った反動である、という論調をよく聞くわけだが、実際にはモダニズムそのものが真っ黒クロスケであってそんな褒められたモノではないのである。ポストモダニズムとはそんな真っ黒なモダニズムのアップデートバージョンに過ぎない。
 文化面におけるモダンやポストモダンという概念は、「芸術」という資本主義社会の高級スペクタクルを司るアートワールドという権威によって形作られている主流言説(芸術と非芸術の境界を決定する言説)であり、スペクタクルとは支配階級(権力)が、その正統性と永続性を誇示し、自己を再生産するための文化装置のことである。市民革命以後、アンシャンレジームの「芸術(高級スペクタクル)」はその役割もそのままブルジョワジーによって引き継がれた。そもそもモダニズムがこうしたスペクタクルとしての性格を持っている以上、資本主義社会との親和性は当然のことであり、転覆的で批判的な側面など求めようもないのである。
 19世紀中盤から、それ以前の主流言説であったアカデミズム(古典主義)の形式化のもとで干からびてしまった「芸術」に危機感を抱いていたアートワールドは、それまで中産階級の秩序にとって危険で破壊的な要素をはらんでいたため、排除したり無視したりして「芸術」と認めていななかった「反芸術」運動(芸術外の文化)を芸術の内部から生まれてきたものであるかのように解釈し直し(横領し)、モダニズム言説を中心としたスペクタクルへと作り変えた。20世紀にはいる頃には、古典主義的なスタティックな美の規範は、「伝統の否定=新しさ」を重視するダイナミックな規範に取って変えられたのである。
 モダニズムに体制転覆的で批判的な側面があったと誤解される理由は、この芸術の外部に息づいていた「(被支配階級・非西洋の生活文化に特徴的だった)生きられる陶酔の文化」のアートワールドへの侵入という外的要因のためであり、「新しさ」というモダニズムの規範そのものは、むしろ生産技術や商品開発におけるイノベーションを常に求める資本主義のあり方と実に親和的である。
 ただモダニズムにはその規範の生成にかかわる独特な性格があり、それが資本主義の発展・変貌とともに行き詰まり、時代と合わないものになっていったことによってポストモダニズムの登場につながってゆくのである。
 高級スペクタクルである「芸術」は、自らが高級であるという優越性の演出のために、対立項として「低級」なものを必要とする。永いこと「芸術」は、民衆の生活文化とか未開文化などの「芸術」外部の「生きられる陶酔の文化」に対して優越することで成り立ってきた。しかしアートワールドは、干からびたアカデミズムをモダニズム言説によって刷新するため、対立項であったはずの「反芸術(生きられる陶酔の文化)」を、形を変えて「芸術」内部に取り込む必要が生じたこと、また近代化とともに民衆の生活文化自体が衰退したことなどのため、アートワールドは優越のための新たな対立を捏造することになった。
 つまりアートワールドは、「伝統の否定=新しさ」という規範に叶うものを「後衛(arrière-garde)」に対する「前衛(avant-garde)」として、この2つの間に境界線を引き、「前衛(avant-garde)」こそが真性の(高級な)文化であるいう物語をでっち上げたのだ。このとき変化のない伝統文化や複製による模倣文化(キッチュ、文化産業)は「後衛(arrière-garde)」の中に押し込められ低級なスペクタクルに貶められることになる。
 この前/後の境界によって生成するモダニズムの文化には、ストイックな性格がつきまとうことになった。まず「伝統の否定=新しさ」という規範は、自分の仕事が芸術の歴史、伝統に対して、どのように新しいものであるのかの検証を芸術家に求めるものであった。モダニズム芸術はグリーンバーグが言うようにメタ芸術、作品そのものが自己批判的な検証の場と化した。芸術家は求道者となって、自分の仕事の模倣や商業主義に対する独創性や潔癖さ、清貧さ、純粋性を常に証明しなければならず、また時代に先んじる「前衛」として大衆の理解から超絶した地点に生きる精神的なタフさをも必要とするのである。ゴッホの貧困と孤独を見よ、というわけである。
 ところでこうしたモダニズムの自己検証・還元作業は袋小路に突き当たる運命にあった。というのも芸術をその根源的な条件に還元してゆけば、表現行為×素材(媒体)というところに行き着かざるを得ない。人間のあらゆる行為は表現であるし、世界のすべてが表現の素材(媒体)でありうるとなれば、芸術の還元作業は、ピアノの前に座って何もしないジョン・ケージのように禅問答のごとき空虚なパフォーマンスに収斂してゆくしかないだろう。かつてアカデミズムが干からびたように1960年代にはモダニズムにも禁欲主義的退屈さとでもいう行き止まり感が広がり始め、資本主義のスペクタクルという役割が要請する「新しさ」がそこに感じられなくなってしまった。そうした状況に対抗するようにアメリカのネオ・ダダやポップアートのムーブメントなどに、ポストモダニズムの特徴を持った芸術が現れ始める。

 まず様式上の特徴としては、一見モダニズム以前の諸傾向に回帰しているという面が顕著である。絵画における具象性の復帰、文学における物語の伝統的な話法への回帰。音楽における調性の重視。また建築に見られるモダニズムの国際様式への反発、そこから生ずる地域性の重視、そしてなかんずく歴史的な諦様式の混淆。まさにポストモダン建築が典型的に示しているように、ポストモダニズムの最大の特徴とは、その「折衷主義」にある。原則的にすべての様式が共存可能であり、すべての様式、すべての時代、すべての地域が「差異への権利」(Ferry 1990 p.317/344頁)をもっているのである。そして最後に、ポストモダンのあらゆる分野で見られるのは、モダニズムが拠り所としていた高級文化と大衆文化との区別が完全に、解消されていることである。
『ポストモダンの到来(フレドリック・ジェイムソン)』 田辺秋守



 いわゆるポストモダニズムのこうした特徴とは、ようするに「前衛」がモダニズムの純粋性の高い規範を実現するために「後衛」というゴミ箱の中に捨てたモノからなっている。「新しさ」をストイックに追求するために排除した「不純なもの」を再発掘しているのである。ポップアートのように商業主義的と蔑まされた大衆文化のイメージをそのまま打ち出したり、低俗なオタク文化を伝統的日本画と折衷した村上隆、グロテスクというかインモラルなイメージを操るダミアン・ハーストなど。こうしたポストモダンアーティストのゴミ箱漁りが多少とも面白く感じられるのは、モダニズムが軽蔑したものを作品や生き方の中に、戦略的、露悪的に取り入れているからだろう。
 「新しさ」こそ価値だとしたダイナミックな規範であったモダニズムが、暗に排除していたモノが詰まったパンドラの箱を開けたポストモダニズムのお陰で、「芸術」の世界はとうとう「何でもあり」の世界になったと言えるのかもしれない。だがポストモダニズムの登場は、アートワールドの主流言説がアカデミズムからモダニズムへ移り変わったときのようなドラスティックな転回なのだろうか。ポストモダンの時代になっても「芸術」には何か「新しい」ものが求められていることに変わりはない。「前衛(avant-garde)」という言葉はすっかり時代にそぐわないものになってしまったが、ポストモダンアーティストも結局のところイノベーティブでなければ評価されないのではないだろうか。そこにモダニズムに対する決定的な何らかの規範の革新があったとも思えないのだ。その意味ではポストモダニズムはせいぜいモダニズムのマイナーチェンジ、すなわちモダニズム2.0でしかないのではないだろうか。
 であるとすれば、ポストモダニズムの中に抵抗の論理なんて探しても無駄であろう。最初に書いたように、モダニズムに体制転覆的で批判的な側面があったと勘違いしてしまう理由は、「芸術」の外部に息づいていた「生きられる陶酔の文化」のアートワールドへの侵入という外的要因のためである。

モンタージュやパスティシュのようなポストモダンに多用される手法は、実はすべてモダニズムのなかに存在していた。 しかしモダニズムにおいては二次的で周禄に位置したものが、ことごとく文化生産の中心となっているところに、ジェイムソンは時代の「新しさ」を見るのである。
『ポストモダンの到来(フレドリック・ジェイムソン)』 田辺秋守


 戦後のポストモダン芸術の手法は戦前までの「反芸術」運動の様々な手法の焼き直しである。ジェイムソンの間違いを正すなら、モンタージュなどパロディ的な手法はモダニズムではなくて「反芸術(生きられる陶酔の文化)」運動に特有の手法だというべきだろう。反芸術の王様は、ポストモダニズムアートの先駆であるネオ・ダダについて「私が〈レディ・メイド〉を発見したときに意図したのは、美的な大騒ぎに水をさすことだった。しかしネオ・ダダの場合は〈美的価値〉を発見するためにレディ・メイドを使っている! 私は瓶立てや便器を挑戦として連中の顔に投げつけたのに、いまやかれらはそういったものを美的に美しいものとして賞賛するのだ(マルセル・デュシャン)」と批判している。またペーター・ビュルガーは「ポスト・アヴァンギャルドの段階を特徴付けるのは、それが作品というカテゴリーを復活したという点、アヴァンギャルドによって反芸術の意図をもって創出された手続きが、芸術的目的に用いられるという点である」と述べている。
 つまりデュシャンが愚痴ってるのは、レディ・メイドというパロディの技法は、バフチン言うところのカーニヴァル(非公式文化)であったのだが、ネオ・ダダ(ポストモダンアート)において同じ技法が、「芸術(スペクタクル=公式文化)」として使われている、というところである。この簒奪的解釈を行ったのがモダニズム言説であり、そのアップデートバージョンであるポストモダニズムもそれをしっかり引き継ぎ、資本主義システムの正統性と永続性を誇示し、システムを再生産するために作動し続けているのである。
 というか、消費資本主義というのは、ようするにスペクタクルが全面化し、私たちの生がスペクタクルに包摂されつくした事態のことである。拡大するスペクタクルの背後で「生きられる陶酔の文化(非公式文化)」はその在り処や存在自体が不可視になってしまった。もはやアートワールドが無理してストイックなモダニズムの規範を布教したり演じたりしなくても、資本主義システムの正統性、永続性、そしてその再生産は鉄板だという段階まで来てしまったということなのかもしれない。そうしたシステムの余裕の表現が、開き直ったモダニズムであるポストモダニズムの正体なのではないだろうか。

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プロフィール

荒井賢 (Ken Arai)

 住所 埼玉県越谷市
 生年月日 1964年2月15日
 職業 アニメーション背景制作
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